耐震偽装と報道責任

 - 本当のことが知りたいんで...耐震偽装と報道責任にタックルしちゃおうかな、と
 
 

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■□ 硫黄島からの手紙 改竄報道「散るぞ口惜し」に思ふ

一昨日、クリント・イーストウッド監督の『硫黄島からの手紙』を見ました。
http://wwws.warnerbros.co.jp/iwojima-movies/

管理人は、映画に感銘を受けた時は、必ず関係書籍を読みに、街に出ます。で、今日は、硫黄島で壮烈な死をとげた栗林忠道中将閣下以下2万余のイオージマ・ソルジャーに関する書籍を探しに行ってきました。

何冊もの関係書籍があったのですけど、なんといっても、この一冊。
紹介せずにはいられません。

梯久美子著『散るぞ悲しき―硫黄島総指揮官・栗林忠道―』(新潮社, 2005)
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-ISBN=4104774014



訣別電文に墨を入れた政府 原文と異なる文章を読まされた国民


この本と栗林忠道中将閣下については、様々な思いが去来しますけど、本Blogのテーマに照らし、以下の事実をご紹介しましょう。

大本営(政府)による電文添削とメディア(新聞)による誤報。

ここで、添削された文章が遺書であった点にご留意下さい。この、いわゆる訣別電文は死を目前にした栗林忠道中将が、硫黄島における正確な戦況と彼と彼の二万余の部下の死を目の前にして覚悟した上での切々たる心情を託した「遺書」というべき電文だったのです。

もし遺書を託されたらどうすべきでしょう??
選択の余地などあるはずもない。

おしいただいて、一字一句もおろそかにせず、正確に、ご遺族と国民にお伝えする。

これが、政府や報道機関の義務のはずです。というよりも、人の道のはずです。にもかかわらず、それをねじ曲げて伝えた人々がいた、この祖国・日本に。

衝撃でした。
管理人は打ちのめされました。
世の中では、想像もできないことが起きるようです。

時に、政府は、辞世の句でさえ改変する。
時に、新聞には、何者かによって改変された遺書が掲載され、真実は隠蔽される。

このことは忘れない、心に強く刻んでおこう、そう思いました。

栗林中将の辞世の句の『散るぞ悲しき』を墨線で消し『散るぞ口惜し』と正す(!?)大本営

まず、政府は、何をしたのかを、名著『散るぞ悲しき』から、ご紹介します。

[引用開始]

ところで、訣別電報の最後には、栗林の辞世が3首、添えられている。

国の為重きつとめを果たし得で、矢弾(やだま)尽き果て散るぞ悲しき

仇(あだ)討たで野辺には朽ちじ吾(われ)は又 七度生れて矛(ほこ)を執(と)らむぞ

醜草(しこくさ)の島に蔓(はびこ)るその時の 皇国の行手一途(いちず)に思ふ

辞世において国を思う心と天皇への帰依をうたいあげることは、皇国の軍人としての常道である。2首目の「七度生れて矛を執らむぞ」という表現などは、「七生報国」(七たび生まれ変わって国に報いる)という、当時のまさに常套句を織り込んだものであり、敗軍の将として、ある意味で紋切り型のものであるともいえる。

しかし、ここでもまた、見逃すことのできない改変がなされていた。

1首目の最後「散るぞ悲しき」が、新聞では「散るぞ口惜し」と変えられているのである。

国のために死んでいく兵士を、栗林は「悲しき」とうたった。それは、率直にして痛切な本心の発露であったに違いない。しかし国運を賭けた戦争のさなかにあっては許されないことだったのである。

後日、私は栗林の遺族を訪ね、訣別電報を見せてもらった。

・・・・・・

3首並んだ歌のうち、改変された1首目の頭には朱書きで二重丸が付されている。そして「悲しき」の文字が黒い墨の線で消され、横に「口惜しと書き直してある。墨の線は生々しく、朱筆の色は今も鮮やかである。

[引用終了]

真実の隠蔽に加担させられた朝日新聞 徒手空拳が削除、美辞麗句が追加


では、新聞記事はどのような誤報を載せたのか。
梯久美子さんは、朝日新聞記事を示して、説明しておられます。
以下に、『散るぞ悲しき』のPp.19-20から、この昭和20年3月22日の朝日新聞記事をご紹介します。(孫引きご容赦。近々にも原文にあたります。[ ]内は管理人による。)

[引用開始]

戦局遂に最期の関頭に直面せり
十七日夜半を期し小官自ら陣頭に立ち、皇国の必勝と安泰を祈念しつ、全員壮烈なる攻撃を敢行す

敵来攻以来、想像に余る物量的優勢以て[もって]陸海空よりする敵の攻撃に対して部下の将兵の勇戦は真に鬼神をも哭[な]かしむるものあり

然(しか)れども執拗なる敵の猛攻に将兵相次いで幣[たお]れ為[ため]に御期待に反し、この要地を敵手に委[ゆだ]ぬるのやむなきに至れるは誠に恐懼に堪へず、幾重にも御詫[おわび]申上ぐ。

特に本島を奪還せざる限り皇土永遠に安からざるを思ひ、たとひ魂魄となるも誓つて皇軍の捲土重来の魁たらんことを期す、今や弾丸尽き水涸れ戦ひ残れる者全員いよいよ最後の敢闘を行はんとするに方り熟々皇恩の恭さを思ひ粉骨砕身亦悔ゆる所にあらず

茲[ここ]に将兵一同と共に謹んで聖寿の万歳を奉唱しつつ永へに御別れを申し上ぐ。

・・・・

[引用終了]

訣別電報の原文はこうです。ただし、かなり現代かなづかいに直しました。

[引用開始]

戦局、最後の関頭に直面せり。
敵来攻以来。麾下将兵の敢闘は真に鬼神を哭かしむるものあり。特に想像を超えたる物量的優勢を以てする陸海空よりの攻撃に対し、宛然[まるっきり]徒手空拳を以て克く健闘を続けたるは、小職自らいささか悦びとするところなり。

しかれどもあくなき敵の猛攻に相次いで斃れ、ために御期待に反しこの要地を敵手に委ぬるほかなきに至りしは、小職の誠に恐懼に堪えざるところにして幾重にもお詫び申上ぐ。

今や弾丸尽き、水涸れ、全員反撃し最後の敢闘を行わんとするにあたり、熟々皇恩を思い粉骨砕身もまた悔いず。

特に本島を奪還せざる限り、皇土永遠の安からざるに思い至り、魂魄となるも誓って皇軍の捲土重来の魁たらんことを期す。

ここに最後の関頭に立ち重ねて衷情を披瀝するとともに、ひたすら皇国の必勝と安泰とを祈念しつつ永えにお別れを申上ぐ。
・・・・

[引用終了]

遺書を改竄し、誤報を誘導し、真実を隠蔽した日本人がいた

改竄の主なポイントは3つです。

(a)原文にない「全員壮烈なる攻撃を敢行す」が書き加えられた。
(b原文にあった「徒手空拳を以て」が削除された。
(c)原文にない「将兵一同と共に謹んで聖寿の万歳を奉唱しつつ」が書き加えられた。

問題は、この卑劣な行為はどのようになされたのか、そして、なぜこんなことが可能だったのか、です。
いくつかの可能性考えられます。
著者はこの点をはっきり解明してはいません。これらは今後の課題です。
しかし、現時点でも言える事はあります。

それは、
この改竄は日本人によってなされたのだ、ということ。

なお、『散るぞ悲しき』には、辞世の句「散るぞ悲しき」が、「散るぞ口惜し」とされいてる読売新聞記事の写真が載っています。

改竄された遺書はどうやって新聞紙面に載ったのか?? 

なぜ、どんなふうに、この改竄が行われたのかを知るために、参考になる情報が少し『散るぞ悲しき』に載っていました。

[引用開始]

本文が改変された跡は、この電報には残っていない。本文のほうは、新聞に発表する際に、原文を作りかえる"作文"がなされたのであろうか。だとすると、大本営の目にまずとまり、見過ごすわけにはいかないとされたのは、辞世の「悲しき」のほうだということになる。

[引用終了]

もし、大本営が「悲しき」だけを「口惜し」に改竄して、その他はそのまま、新聞社に渡したのだとしたら、その他の改竄を為したのは新聞社ということになります。もしそうなら、当時の新聞の罪は重いと言わざるをえません。

新聞は、戦後において、この誤報を訂正したのでしょうか??
なぜこんなことになってしまったのかについての検証記事を書いているのでしょうか??

ご存知の方がいたらぜひご教示ください。もちろん、管理人も一生懸命調べ、判明したらここでご報告します。

真摯なエピソード

さて、すでに書いたように、管理人は、『散るぞ悲しき』を読み進むうちに、日本人による訣別電報の改竄という衝撃に打ちのめされ、暗澹たる気持ちに沈みながら本書の「エピローグ」に至りました。しかし、そこで紹介されていた真摯なエピソード。、管理人の心はたいへんに安らぐことができました。

謹んでここにご紹介し奉ります。

[引用開始]

平成6年2月、初めて硫黄島の土を踏んだ天皇[陛下]はこう詠った。

精根を込め戦ひし人未だ地下に眠りて島は悲しき

[政府に]見捨てられた島で、それでも何とかして任務を全うしようと、懸命に戦った栗林以下2万余の将兵たち。彼らは、その一人一人がまさに、"精根を込め戦ひし人"であった。

この御製は、訣別電報に添えられた栗林の辞世と同じ「悲しき」という語で結ばれている。大本営が「散るぞ悲しき」を「散るぞ口惜し」に改変したあの歌である。

これは決して偶然ではあるまい。49年の歳月を超え、新しい時代の天皇は栗林の絶唱を受け止めたのである。死んでいく兵士たちを、栗林が「悲しき」と詠った、その同じ硫黄島の地で。

[引用終了]

今日は、2006年11月23日。
奇しくも、天皇陛下が73歳の誕生日をお迎えになった日です。

ここに、謹んで、天皇陛下のお誕生日を心からお祝い申し上げ、今後の益々のご健康を祈願いたします。

改めて不戦の誓いを、栗林中将と二万余のイオージマ・ソルジャーに捧げたいな、と。

管理人は、最近、『硫黄島からの手紙』で栗林中将を演じた俳優・渡邊健氏が、ラジオ番組で、「もし日本の誰かが戦争を始めようとしたら、僕たちは絶対に止めなければなりません」という趣旨のことを話しているのを、偶然、聞きました。

そのときは、あまり、気にとめませんでしたけれども、一昨日『硫黄島からの手紙』を見て、そして、今日、この『散るぞ悲しき』を読了し、あの発言の意味とその決意の程度がやっとよく分かりました。

[引用開始]

硫黄島戦闘40周年に当たり、嘗ての日米軍人は本日茲に、平和と友好の裡に同じ砂浜の上に再会す。我々同志は死生を超えて、勇気と名誉とを以て戦ったことを銘記すると共に、硫黄島での我々の犠牲を常に心に留め、且つ決して之を繰り返すことのないように祈る次第である。

昭和60年2月19日
米国海兵隊第4第5師団協会
硫黄島協会

[引用終了]

なお、朝日新聞は、2006年12月12日付けで、渡辺さんのコメントを報じています。
http://www.asahi.com/culture/update/1212/002.html

[引用開始]

「戦争、悲惨で無意味」、「硫黄島」主役の渡辺謙さん

第二次大戦末期の硫黄島を舞台に旧日本軍の死闘を描いたクリント・イーストウッド監督の米映画「硫黄島からの手紙」で主役を演じた俳優の渡辺謙さんが11日、ニューヨークで報道各社とのインタビューに応じ、加害者、被害者という枠を超えて「戦争の悲惨さ、無意味さをきちんと知ることが大事だと感じた」と感想を述べた。

・・・・

渡辺さんは知米派とされる同中将について、グローバルな考え方を持っていたと説明した上で、「そういう人がとても生きにくい時代だったし、だからこそ最前線に送り込まれた」と分析。また、日本人は過去の戦争についてあまりにも知らないと苦言を呈した。

[引用終了]

管理人も、渡辺さんの意見にパーフェクトに同意します。
こんなことが過去にあったことを初めて知った不明、恥じ入るばかりです。

管理人も、ここに、改めて、不戦の誓いを捧げたい。
栗林中将に、二万余のイオージマ・ソルジャーに、そして、祖国・日本に。

この冬休み。
『硫黄島からの手紙』と『散るぞ悲しき』。
ぜひ、ぜひぜひ、ぜひ、ご覧下さい。

伏してお願い申し上げます。

追記(2006.12.25)

一部訂正し(訂正箇所は線を引いた上で訂正しました)、小見出し「改竄された遺書はどうやって新聞紙面に載ったのか??」を追加しました。しかし、まだ不備な点や不満な点があります。よって、改変するかもれません。その場合はしかるべくご報告します。

追記(2006.12.26)

タイトルにキーワード「硫黄島からの手紙」追加
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2006.12/23(土) |  未分類  | Comment(0)  []

 
 

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